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東京地方裁判所 昭和36年(そ)2号 決定 1961年12月27日

主文

1、請求人に対し刑事補償として金一一万八、四〇〇円を交付する。

2、請求人その余の請求はこれを棄却する。

理由

一、請求の趣旨及び原因は末尾添付の請求書記載のとおりである。

二、(一) 請求人及び関根昌宏に対する住居侵入、恐喝被告事件記録請求人に対する右事件の再審事件記録及び法務省矯正局指紋係の当裁判所に対する回答書を綜合すれば、本件に必要な事実関係は次のとおりである。即ち請求人は昭和三三年一〇月一日小若きさより二万円を喝取したとの被疑事実(起訴事実中の恐喝の事実に該当)により葛飾簡易裁判所裁判官の発した逮捕状により逮捕され引続き同月四日勾留状を執行同二二日共犯者とされた関根昌宏と共に住居侵入、恐喝の罪名をもつて東京地方裁判所に起訴され昭和三四年五月一八日同裁判所において共に有罪として各懲役六月請求人に対しては未決勾留日数中一五〇日を右本刑に算入するとの判決があり、関根昌宏については同月一九日弁護人より、請求人については請求人自身が同月三〇日、それぞれ控訴の申立をしたが、請求人は同年七月一日右控訴の取下をしたため、前記判決の確定をみて同日より刑の執行に入り同年同月二三日右受刑を終了して出所したこと。ところが請求人はこれより先の昭和三三年三月五日東京地方裁判所において傷害罪により懲役一〇月、四年間執行猶予、猶予期間中保護観察に付するとの判決を受けその確定をみていたために刑法二六条一号の適用として右執行猶予の言渡を取消され昭和三四年九月二八日より右一〇月の刑の執行を受け昭和三五年七月二八日受刑終了のところを七月一五日仮釈放により出所し、都合二九二日間実際に刑の執行を受けたこと。

一方関根昌宏の方は昭和三五年二月二五日東京高等裁判所において全面的に無罪の判決を受けその確定をみたので、請求人は昭和三五年五月一〇日当裁判所に対し再審の請求をし、同年一〇月三一日再審開始決定があつて再審が行なわれた結果昭和三六年六月二〇日全面的に無罪の判決があり、その確定をみたという経緯がそれである。

(二) 従つて、請求人の請求の中、昭和三三年一〇月一日以降同三四年六月三〇日までの逮捕、勾留日数計二七三日及び同年七月一日以降二三日までの受刑日数二三日、合計二九六日に対する補償を求める部分は、刑事補償法一条一項及び二項によりその理由があり、請求人には捜査又は審判を誤らせる目的で虚偽の自白をしたり有罪の証拠を作為する等補償の一部又は全部を拒否する理由となる事実は認められないから右日数の全部について補償するのが当然であり、その金額は刑事補償法四条二項所定の諸事情の外前記のとおり本件原審の有罪判決が一つの因子となつて傷害罪の懲役一〇月の刑の執行猶予の言渡が取消され二九二日間の服役をすることになつたことをも考慮して、一日四〇〇円の割合による合計一一万八、四〇〇円が相当であると考える。

(三) 三、原審の有罪判決が一旦確定をみたことの結果として傷害罪の懲役一〇月の執行猶予の言渡を取消されその刑の執行として実際に服役した二九二日は、経済的理由等によるものとはいい乍ら(請求人が控訴取下当時経済的に困つていたことは請求人が原審に提出した訴訟費用免除申立書の理由に私選弁護人を頼んだのは共犯者の関根であつて自分がその費用で頼んだのではなく自分としては現在一銭もないという趣旨のことを記載していることに徴し真実と認められ、それに原審判決の刑が懲役六月のところ未決一五〇日の算入で実際に服役するとしても僅かの日数で済むという考慮が働いて控訴の取下をしたのが真相と認められる)被告人自身がその意思に基ずいてした控訴取下のことによつて必然的に招来した服役の日数ともみられるが、それにしても原審の有罪判決があつたればこそ起り得た事態である(原審の有罪判決がなくても、請求人が昭和三七年三月までに別に事件を惹起して懲役、禁錮の実刑の判決を受けてその確定をみることがあれば起り得る事態ではある)という意味においては原審の有罪判決との間に因果関係の存することは、正に請求人主張のとおりであるが、右二九二日の受刑が刑事補償法一条二項にいう「原判決によつて刑の執行を受けた」場合に該るか否かについては否定的に解せざるを得ない。何となれば、懲役一〇月、四年間執行猶予の判決は有罪の判決であつて、その有罪の判決であるという点においてはその判決自体及びその判決の結果としての刑の執行に対して本来補償を与えるべき実質的理由のない性質のものであるからである。そして刑事補償法一条二項所定の刑の執行に対する補償は、上訴権回復による上訴、再審又は非常上告の手続において無罪の裁判があつて原審の有罪判決が実質的に訂正変更されたという事実に補償を与える実質的理由、根拠を置いている補償であつて、「原判決によつてすでに刑の執行を受けた」というのは原審の有罪判決がその主文において宣告したところの刑の執行として執行を受けたことの意味に解すべきであり、これを拡張して解釈することは許されず、憲法四〇条の解釈としても右以上のものまでも包摂するものとは解することができないからである。

原審の有罪判決があつたればこそ先の執行猶予を取消され服役したのでありなお又この執行猶予の取消がなければ請求人は猶予期間を無事経過して刑の言渡の効力を失わせることができたかも知れない訳でもあるから、請求人が原審の有罪判決によつて不利益を蒙つたことは争えないところであり、その責任は誰に帰せらるべきであるか及び請求人がそれに対し他に何等かの形において補償を請求することができるかということは問題として残るところであり、それについては一旦控訴の申立をして取下げた場合の外最初から控訴の申立をしないでその有罪判決を確定させた場合も考慮に入れなければならないところであるが、刑事補償の問題としてはこれを容認することはできないものと解する。

(四) 四、以上の次第で、本件請求中前記(二)記載の二九六日に対し補償を求める部分はその理由があるからこれを容認すべきであるが、その余は理由がないから請求を棄却すべきものとし、刑事補償法一六条により、主文のとおり決定する。

(裁判官 上野敏)

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